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「何者」 痛々しさを回避することで何物にもなれない若者の哀しみ

5月1日にDVDで
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◎「何者」
(2016 日本 監督:三浦大輔)
を見ました。
本作は、就活する5人の大学生を中心に
「何者」かになろうとする若者の姿を描いた作品。
監督は「ボーイズ・オン・ザ・ラン」「愛の渦」の三浦大輔。
KIN-Gは大学にも行っていないし、
もちろん就活なんかやったことがないので、
就活をしている大学生については「大変やなぁ」ぐらいの印象で、
更にガラケーしか持っていないので、
若者のSNS文化についても完全に傍観者
であり、本作の登場人物たちが持つ焦燥感に寄り添うことはできません。
浅い人生経験の中で必死に頑張る若者たちの姿に胸を苦しめながら
親的な立場での鑑賞となりました。(娘は既に21歳)
いかにも若者らしい葛藤をする登場人物たちの
青春ドラマを楽しんでいたKIN-Gでしたが、
クライマックスの展開で一気に心が凍りました
物語中に生じた違和感を回収し、
一撃で映画のテーマを炸裂させる見事なクライマックス
自意識と社会的経験の乖離が激しい若者は
みんな大なり小なり痛々しいもの。
その痛々しさの中で真剣に悩み抜くことで大人になります。
で、その後、足るを知り、おっさんになるわけです。
(足るを知らないおっさんは社会の害となる)
痛々しさを回避し、
自分を否定せず他人のみを否定した若者の残酷な末路。
自意識と承認欲求が肥大していくシステムの中で育った若者が
実際に社会に出てきて苦労している姿を見ると、
「おっさんをもっと信用して、おっさんの胸に飛び込んでこい!」
と声をかけたくなります。
これから社会に出てくる若者には、
もっと力を抜いてのびのびと生きて欲しいなぁ。

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